チロル地方とドイツの山

climbed mountains in tirol and Germany
1987 Aug. 2-24


わたしの初めての海外登山でした。
ヨーロッパで長期に滞在して登山生活をした経験のある三峰山岳会の田原さんの助言を頂いてプランをたてました。
ドイツの最高峰ザグスピッツェ
(2,962m)やオーストリアの名山グロスグロックナー(2,798m),ダハシュタイン(2,995m)などを単独で登り、ユーゴで長くロッククライミングを楽しんでいた学生赤沼君と現地で落ち合って、イタリア・ドロミテ山群のチマグランデ岩峰とベルニナ山群にあるピッツベルニナ(4,055m)を二人で攀る事にしました。

グロスグロックナーとダハシュタインおよびピッツベルニナでは冬山装備が必要で、チマグランデではロッククライミングですからフレンズとかピトンとかハンマー、ザイル、アイゼンなど山によって異なる種類のギヤを使うことになります。
従って山小屋に泊まるとはいっても荷物はかなりの重量になってしまいました。





Mt..Zugspitze (2,964m) from Partenkirchen





at a restaurant of a hotel in Partenkirchen







at Mt..Zagspitze





Gosau






Mt. Grossglockner (3,798m)
I got to the peak alone





at Mt. Grossglockner






from Mt. Dachstein (2,995m)



ドイツのパルテンケルヘンの小さいけれども素敵な宿の屋外レストランで夕方ザグスピツェ峰を望みながら、若いウエイトレスのサービスで飲んだビールの味は格別でした。
ザグスピツェの急峻な岩場では無理に突っ込んだナイフリッジで身動きがとれなくなって進退極まり、あたりに人の気配はなく、遠く下界からののどかなカウベルの音を聞きながらこれが自分の最後かと思うはめになったりもしました。


グロスグロックナー向かう電車からも見られるチロルの山々の景観は見事なもので圧倒されそうです、出来たらもう一度行ってみたいものです。
麓の小屋Hofner Hutteからすでに雪と氷に覆われているグッロスグロックナーでは、ひとの踏み跡が見つからず、取り付きを間違えて一日無駄にしてしまいましたが、翌日はドイツ人二人のパーティーに途中まで同行することが出来ました。
頂上附近では単独で登っているのは私だけとあって、ザイルを使っている他のパーティーの人達から危険だから下山しろと何度も忠告されてしまいました。
しかし、アイゼンやピッケルがしっかりと効きますし傾斜もそれほどではありませんから、日本での氷瀑に較べてかなり易しいルートのように感じましたのでそうした声を無視して登ることにしました。

その日は夜から天候が急変して悪くなり、翌日には視界が殆どきかず、単独での下山はとうてい無理という状態になりました。
しかし私はこれからイタリーの宿で赤沼君と会う約束があり、その他帰国までの組まれた日程があるので、何とかその日のうちに下山したいと思い、同じ山小屋に泊まっていたよそのパーティーのガイドに同行をお願いしました。
そのガイドからは、「二人も連れて下山するのは危険だから駄目だ」と断られたのですが、数時間かけて必死に頼み込んで、何とかOKをとりつけることに成功しました。
ガイドはスキーのストックを片手に持ち、一方の手で私ともう一人の客の腰に付けたザイルを握って先行し、指示した通りに二人が彼の踏み跡から外れずに歩いているかどうかを時々チェックしていました。
私が滑落した際にピッケルを使わずに、ストック1本で確保出来るのかと一寸不安になりましたが、日本とは違って、どうもあちらではそれが普通の方法のようです。
終始にこりともしない頑固なガイドでしたが下山して安全な場所に着いた時には素敵な笑顔で握手をしてくれました。


ダハシュタインへのアプローチでは広範囲に群生する美しい高山の花々の中を歩きご機嫌でしたが、氷河への取りつきでは大分てこずりました。
一時は取り付きにあるクレバスが越えられず途方にくれてしまいました。
ここの氷河の端末部は薄く、地面との間は底知れぬ深い溝になっていて、足をかけた氷が崩れてそのギャップへ落ち込んだら自力で脱出するのはむずかしかろうと思われました。
春さきの日本の沢でも似たようなことはありますがスケールが違います。
また日本の2万5千分の一とは違った描きかたをされたヨーロッパの山地図は慣れない私には、それが分かりずらく、氷河の周りをうろうろしているうちに現在位置を把握出来なくなったりもしました


ダハシュタインからの下山の時に、前穂高から涸沢への下りのような急峻なガレ場に出てしまい危険を感じていましたら、はるか上の方から「そこは下山道とは違う」と大声で教えてくれる人がいて助かりました。
この日は13時間も歩いてようやく町に着いたのですが、どこも宿が一杯で泊めてもらえず、既に最終バスもなくて、次の町まで歩かねばならないはめになりました。
しかし幸運にも!ヒッチハイクが出来て助かりました。
日本でもそうでしょうが、ヨーロッパでのヒッチハイクは、われわれむくつけき男性にとって不可能ではありませんが非常にむつかしいと実感しました。

この時の山行のおもな日程は下記の通りです。
結局二日もロスをしたために、ピッツベルニナへは登れませんでしたが8峰を踏めましたし、途中いろいろな人と出会い楽しい経験が出来てこの旅は大いに満足出来るものでした。


My schedule
August, 1987

2日  left Narita
3日  Zurich-Garmish-Partenkirchen
4日  Partenkirchen−Elbsee−Mt.Zuspitz(2,964m)−Partenkirchen
5日  Mittenwald-Innsburck-Mt.Haffelekar(2,334m)-Innsburck
6日  -Kufstein−Mt.Stripsen Joch(1,577m)
7日  -Brixen in Thale
8日  -Mittersil-Furth Kaprun Strkrz-Gletscher Bahnen
9日  -Kitzstein horn(1,996m)-Zell am see-Hochalpenstrassen
10日 
11日 -Grossglockner(3,798m)
12日 -Zell am see-Salzburg
13日 -Berchtesgaden-Konigssee-Mt.Watzmann(2,713m)-Salzburg
14日 -Krippen stein-Badischl
15日 -Dachstein(2,995m)
16日 -Badgastein
17日 
18日 -Lientz-Innichen -Corchina Danpezzo
19日 -Cima Grande
20日
21日
22日 -St, Moritz
23日 
24日 -Zurich-Narita



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