ヌン峰 Mt. Nun (7,135m)



インド・ヒマラヤのヌン峰(7,135メートル)へは1991年7月14日から8月25日にかけて日本ヒマラヤ協会が派遣したメンバー12名からなるヌン登山隊の一員として参加しました。

ヌン峰はヒマラヤの西端インドのカシミール地方にあり、女神と言われているのがふさわしいと思われるほどに秀麗で純白な姿をした美しい山でした。
ヌン・クン山群の盟主と言われているようです。
1953年にフランス隊によって西面より初登されて以来西側からのルートが一般に使われていたのですが、1989年頃からカシミールの谷をとりまく政治情勢が非常に険悪となり、治安の悪さが心配されるようになった為に、われわれの隊はやむをえず南側から登ることになりました。
ヌン峰登山に失敗して、下山してきたスイス隊と途中ですれちがった時に、彼らが「今年のヌンは例年とは違った氷の山となっているので登山は不可能だ」と言われた時には少し不安になりました。

高度順応の出来にくい南よりのルートをとったことも一因となり、C3アタックキャンプまで来れたのは12名中8名だけでした。




 C2よりC3への氷の斜面。なかなか手ごわい壁でした
a steep slope covered by ice, between C2-C3






標識用の竹ざおを持ってプラトーを行く  クレバスがあるので特に吹雪の時は危険だ
carring land-marks with red flags on a vast plateau












8月12日第一アタック隊3名は大岩(6,700メートル)まで行って敗退。
私は第ニアタック隊員として翌日早朝に頂上をめざしてテント飛びだしましたが、壁面の氷はは低温度のためブルーアイス状となっていて、ピッケルをたたきつけても、ガラスのように氷が飛び散ってしまいなかなか氷に固定出来ず、靴に付けたアイゼンの効きも心もとない。
また雪を想定して日本から用意してきた雪用のピトンはこの氷では使いものになりませんでした。
もしザイル・パートナーが滑落したら、恐らく彼の落下を止めるのための確保が出来ないでしょうから、自分は反対側の稜線に飛び込むしかないでしょう。
それでも私の体調は良く、何度も何度もピッケルを氷面に叩き込んでは少しずつ高度を稼ぎました。
ようやく昨日一次隊が到達した大岩まで来た時には目の前に見える頂上はもう一息だと思いました。
その大岩附近で、われわれ第二アタック隊の隊長と副隊長が二人で協議をしていましたが、これ以上登るのは装備も不十分で危険だから中止しようと決断されました。
雲ひとつない濃紺の空の色が印象的でした。

大岩(6,700m)附近
at around 6,700m high where we gave up to continue
climbing because of so bad ice condition
without enough effective gears


アタックキャンプに戻ると第一アタック隊員3人が「明日もう一度挑戦したい」と希望したのでわれわれが持っていた残りの食料を全部彼らに渡して下山しました。
彼らは期待に応えて無事登頂に成功してくれました。






C3より下山中の井上
理由は分かりませんが何故か感動して涙が止まりませんでした

myself on the way back from C3



紅1点の澤田隊員がテントでの出火のために火傷を負い、麓の個人診療所まで下ろされて、顔の見分けもしにくいほどに暗い部屋の床に彼女は一人で寝ていました。電灯もベッドもなく、殆ど薬もない本当に貧しい設備と土と泥で出来たみすぼらしい建物に驚かされたのですが、そこの医師の容貌や態度が立派で、聖人を思わせるものがあり感銘を受けました。
昔の日本のお医者さんもこのような人たちだったのかなと、ふと思いました



タンゴールの診療所
a clinic in Tangola

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