MOUNTAIN CLIMBING

登山

イタリア・ドロミテ山群・トレチマ岩峰
Tre-Tima, in Italy

1987年写




三ケある岩峰の中央にあるピッコロの東面を登りました













登攀中の井上
myself on climbing




小休止
taking a rest




取りついている他のパーティー(写真の中央部に4名が見えます)
four climbers can be seen on the wall









山頂でオランダのパーティーの人たちと記念写真
その後JosefさんとAndreaさんが結婚したとの便りがありました。




当時ユーゴスラビアでクライミングの武者修行?をしていた大学生 赤沼君と二人で
イタリアのドロミテ山群にあるにあるトレチマを登りました

事前調査や宿の予約などをしなかったためにヒッチハイクや寝場所探し,
ルートファインディングなどで大変苦労をしました。
 取り付く場所が分からず一日棒に振ったりもしました

800メートル以上の垂直の壁での高度感は日本では味わうことの出来ないすばらしいものでしたが,
岩はぼろぼろに風化していてハーケンが使いものにならないためにフレンズに頼るしかなく,
落石が避けられない状態でした
また懸垂下降をするのに,頂上以外に固定された支点がないために,岩と岩の間に木の棒切れをわたして,
それにザイルをかけることになったのですが,心もとなくて不安でした
二度と登りたくないと思ったのですが,今となっては良い思い出になりました





ハンテングリ峰  Mt.Khan-Tengri  (7,010m) in Tianshan USSR



ハンテングリ峰北面
North face of Mt. KhanTengri



それまでは日本人で50歳以上の高齢者が7,000メートル級の山に登ったのは三角さんしかいませんでしたので初対面の私がお願いしても参加を受け入れてくれるパーティーがなかなかありませんでした。

鉄のカーテンのあった当時はハンテングリの登山ルートを含めて現地の詳しい資料が手に入らず、緯度が高いことから同程度の高度のヒマラヤの山よりは相当に厳しいだろうと予想されていましたので,私のような経験不足で50才半ばの者の登山に危惧されたのはもっともなことでした。

やむを得ずガイドの松本氏にお願いをして二人のパーティーで登ることにしました。
8,000メートル級の山の経験者である松本氏も運悪く6,500メートルほどのところで体調を崩し,そこから先は単独で登ることになりました。

頂上へは意外にあっけなく登れましたが,下山では苦しい思いをしました。
労山隊にはベースキャンプに入って以来、日本食をご馳走になるとかいろいろとお世話になっていたのですが、頂上からの下山では殆ど労山隊の山中氏にご一緒していただきました。
幸い天気はよく、無風の状態でしたが、日程の都合で高地では無理といわれている1,000メートルからの高度差を一日で登ってきたのと、空気が希薄なせいか、行きとは大違いで立っているのもやっとと思えるほどに疲労困憊。遂には歩く時間よりもピッケルを頼りに休む時間の方が数倍にもなってしまう有様でした。
高度約6,000メートルほどの稜線より少し下ったところに作ってあった雪洞のアタックキャンプの場所が分からず、通り過ぎてしまったのではないかと不安になり、何度も引き返そうかと迷っていましたら前方で誰かがヘッドランプを振ってくれているではありませんか!
 地獄に仏の思いでした。

それは労山隊の北沢さんでした。多分先に降りていた山中さんが頼んでいて下さったのでしょう


早朝6時頃に雪洞を出たのですが、雪洞に帰ってきた時には既に夜の11時を過ぎていました。
しばらくは靴を脱ぐ元気もなく氷の床にへたり込んでいましたら、北沢さんが暖かい流動食の入ったコッヘルを持ってきてくれました。
有り難く一口飲みましたら、なんと緑色の胃液と一緒にそれを全部吐き出してしまいました。

兎に角無事にもどってこれたのは,同行してもらえた山中さんと、ヘッドランプを振り続てくれた北沢さんのお陰だと感謝しています。

氷の雪洞があまりにも寒く、寝袋にくるまった身体を寄せ合って寝たその北沢さんが、翌日下山中に滑落して亡くなったのは痛恨のいたりです。 合掌





5,500メートル附近でのC2キャンプ
バックはハンテングリ峰

myself in front of Mt. KhanTengri
 at the camp 2,  5,500m high




ハン・テングリ峰山頂での私
at the peak of Mt. KhanTengri 7,010m


後で知ったのですが、当時ロシア人を含めて55歳以上の歳でハンテングリの登頂をしたのは私が初めてだったのだそうです。
下山は登った時とは反対側の南面からにしました。来てみるとこちらの方が北側に較べてずっと傾斜がゆるやかで楽でしたが、
その年には迂回出来ない程の大きなクレバスが開いていました。
そのクレバスではザイルで一度下りてから登り返さねばなければならないのですが、十数メートルほどもある垂直の氷壁を登るのには苦労しました。
疲れた身体でザイルなしで登るのはとても無理だと松本氏と二人で頭をかかえていましたら、
後から降りてきた、ソ連のエベレスト登攀隊員にも選ばれているというアンドレイ氏がサポートしてくれたので助かりました。
彼は重いザックを背にその壁をいとも軽々と登っていき、我々をザイルで引き上げてくれました。
次の年からは殆どの登山隊は危険な北側からのルート登るのは止して、より安全なこの南側ルートをとるようになったと聞いています





ハンテングリをバックにバヤンコール西峰5,437メートル頂上にて
at the peak of Mt. Bayankol W. 5,437m.
Mt. .Khan-tengri can be seen in back





氷河ではこのような底知れぬクレバスを飛ばなくてはならないこともあります
私はここでジャンプをしていてザックに挿していた水筒を落としてしまいました

my water bottle was dropped down into the crevas in stead of myself when jumped over




大きなクレバスをこのようにして渡ることもありました
ピッケルを受けつけないほど硬い氷にてこずったものです

at a crevas




先ずチェパーエフ北峰を目指し
かなり急な氷の壁を登ることになります
一緒に登山をしていた北沢氏はここを下りる時に滑落して亡くなられました


climbing on a ice face for Mt. Chapaev 6,371m
Mr. Kitazawa with whom I climbed and slept together at the attack camp slipped down
at the wall to die when climbing down





キルギス側の南イヌルイチェック氷河
ポベーダ゙峰7,439メートルが見えます

walking on a snow bridge in Gl. Inyl'cek S.,
Mt. Pobeda 7,439m
canbe seen ahead




南イヌィリチェック氷河から見た早朝のハンテングリ峰
Mt. Khan Tengri at dawn seen from Gl. Inyl'cek S.




登山を終えてヘリコプターでカルカラの基地へ
Mt. Kan Tengri from the south





無事下山してカルカラのキャンプでロシアの誇る登山家ボリス・スチュジェニン氏より最年長登頂者としての祝福の握手を受けました
それまでは彼がハンテングリ峰最年長登頂記録保持者でであったのだそうです
今度は一緒にポベーダに登ろうという申し出を受けました
後におられるのはロシア語が堪能な作家田村俊介氏


shaking hands with Mr. Boris Stygenin, one of the most famous Russian climber
who celebrated me as the oldest
climber, having reached the peak of Mt. Khantengri.
I was 55years old .





19951月白山書房より出版された「山の本」10号に寄稿した拙文をご覧になる方はここをクリックして下さい。



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